4.研究者と患者のフリートーク

○自己免疫について-----

能勢:私たちは自己免疫でIDDMを発症しています。できた細胞を戻すと、また自己免疫反応が起こりませんか。その場合には、免疫抑制剤を使う方法しかないのですか。

中内:私はもともと免疫やっていたので、そこは非常によく理解しています。おっしゃる通りで、せっかくこの治療やって、ご自身の膵島を移植されて、一時的に血糖が下がったとしても、ひょっとしてまた同じ抗体が、同じようにやっつけてしまうかもしれません。

能勢:それはまた発症するということですよね。

中内:可能性はあります。自身のiPS細胞だから免疫拒絶しないと安心していると、いきなりやられるかもしれません。しかし、ひょっとすると免疫応答が一過性で収まっていて、そこに戻しても全く大丈夫かもしれません。何度も言うようにこれはやってみないと分からないのです。私はいつも専門家に対して、これは対処療法だと言っています。この病気の本質、「何故、自己抗体ができるのか。」「何故いきなりβ細胞が壊れてしまうのか」ということが明らかにならなければ、結局同じことになる可能性はあるのです。この病気の本態を明らかにして、それを目指した治療がそれは一番いいのは当たり前です。しかし私たちは、今困っている人に、とりあえず膵島は提供できるかもしれない。免疫学者としては、何故こういうことが起きるかというのに非常に興味があるけど、今私は膵臓をつくることを研究しているので、膵臓を提供するという対応しかできないのです。

○コストについて-----

能勢:この治療が始まったら、量産することになると思うのですが、実用化した場合コストはどのくらいかかりますか。

中内:ちなみにブタ1頭いくらだと思いますか。

尾白:ブタ1頭で1人分の移植ができるのですか。

中内:いけると思いますが、ちょっと少ないかもしれません。さて、ブタ1頭は数万円です。この実験でお金がかかるのは仮親です。仮親の子宮に受精卵を入れると、1回に10頭生まれます。だから仮親を1頭5万円で用意すれば、後は移植や分娩にかかる費用と、飼育費だけなので、皆さんが考えるほど高くないと思います。その他にかかる費用は、ヒトの膵臓を持った仔ブタを飼育して膵臓を取りだし、患者さんに移植するというプロセスにかかる費用くらいでしょうか。だから、そんなに高価な治療ではないと思います。

 

○ブタを使うということ-----

中内:患者さんはブタの体内で膵臓をつくるということに抵抗はありますか。

白鳥:私は発症が30年以上前だったので、当時使っていたインスリンはブタとウシでした。だから、私にとってブタとウシは助けてくれるものという印象で、ほとんど違和感はありません。それでも患者同士で話をすると、「ブタの体内でできた膵臓は嫌」という人が結構多いのも事実です。しかし私は治療を考えるときに、今どういう治療法があり、それぞれに伴う危険はどの程度で、医療費はいくらかかるかということが比べられたら、「ブタの体内でできたヒトの膵臓」を選ぶ人は結構いるのではないかと思います。私たちにとって免疫抑制剤が必要という状態は、ただでさえ面倒な注射を打っているので、それ以上の負荷は望みません。しかも自分の膵臓が使えるというのは魅力的です。

中内:治療には、クオリティーが大事ですよね。

○どうしたら先進的な医療に手が届くのか-----

白鳥:私は研究が上手くいったら、試してもらえるなら試して欲しいくらいの気持ちです。ニュースが流れたあとでは、多くの人が殺到して治療が受けられないのではないかと心配です。

基 :糖尿病に限らず、最先端の治療が日本でできるようになったら、その情報をみんなが共有できるようなデータベースはないのですか。

中内:世界全体では新しい治療が常に開発されているので、それを全部網羅することは難しいですね。日本では厚労省で高度先進治療に認められれば公表しますから、それが患者さんに届く一番初めになりますね。私はいつでもモルモットになりますと言っても、例えば僕自身がIDDMだったとしても、僕が自分の作ったブタの膵臓を使うことは許されません。昔はジェンナーなど自分で試したようですが、今はそういうことはできないのです。

大津:私は遺伝子治療にたずさわっていますが、この手の先進医療は、最初は臨床研究から始まらざるをえません。まず2例3例というところから始まり、安全性を確かめた上で一般の治療へと進んでいきます。最初は決められた基準を満たす患者さん、つまり通常の方法では治療の困難な患者さんが適応になります。十分に重篤であるということで、がんや遺伝子治療の場合も、今の方法では救えない患者さんが対象になっています。

中内:私の現実的な答えは、IDDMでインスリンで普通にコントロールできていたら、あまり焦らなくていいと思います。この方法が上手くいったとしても、新しい医療というのはどういうことが起こるか分からないことがあります。やはり、これがないとコントロールできないという人が最初に受けて、経験を積んでトラブルも対応できるようになってからの方が、安全だと思います。せっかく30年、40年、頑張ってきたわけですから。いや、気持ちはよくわかりますよ。

 

○研究の進め方-----

橋本:患者からすると、いろいろな研究機関で似たような研究をやっているように見えますが、もっと集約することはできないのでしょうか。研究結果の情報を交換して、最終成果に繋げるという研究体制ができればいいのではないかと思っています。

中内:その答えはYESでもあり、NOでもあります。学会とか研究会は頻繁に開催されているので情報交換は良くしています。ただ、同じようなことをやっているから一緒にやればいいというのは、私は大きな間違いだと思います。サイエンスというのは山に登る目標があって、みんな頂上に行きたいんです。しかし、どの道を通れば一番早く頂上にいけるかというのは分かりません。山道と同じで距離だけではないんです。一見まっすぐに行けばよいように見えても急に崖になったり、回り道したら意外と早く行けたりというように、サイエンスもいろんな人がいろんな試みをして、その中で上手くいった人が次のステージにいけるのです。ですから情報交換は必要ですが、同じような研究だから誰か一人に全部やらせろというのは非常に危険な発想です。そこにはやはり個性が出てくるので、やっぱりセンスのいい人は道を見つけて、いち早く頂上に行くものなんですよ。例えば山中さんの見つけたiPS細胞も、普通の人はああいうこと絶対しませんよ。全く常識外れの研究ですよね。でも結果的に上手くいきました。基本的にサイエンス、特に創造的な最先端的な分野は個人の才覚に根差しているので、似たようなことをやっている人はまとめてこれでやって下さいという発想はあんまりよくないと思います。

○研究にロードマップはありますか-----

橋本:研究にはロードマップのようなものはありますか。研究の成果が出ない、論文は出ても実用化に結びつかない、ということはありませんか。患者にとっては成果が出ない研究は、研究者の自己満足ではないかと思ってしまいます。

中内:贅沢なことを言うようですが、サイエンスとは芸術と同じで自分の基本的な興味でやっている人がほとんどです。だから貧しい生活をしています(笑)。ところが一方で僕は医者なので、役に立たない研究はしたくないと思っています。ノーベル賞を取った小柴先生に「先生の研究はどういう役に立つんですか」と聞いたところ、「こんな研究、役に立つわけないだろ」と答えたそうです。これは正しいと思うんですよ。すぐに役にたつレベルの研究もあれば、そうでない研究もある。患者さんの立場から言えば、役に立つ研究をやって欲しいと思いますよね。しかし、先程のロードマップのご質問で、私があまり賛成できないのは、創造的なサイエンスにはロードマップはかけないと思うからです。

鶴田:この研究は、この世に初めてのものですからね。

中内:単にロードマップだけを書いてしまうと、実用化だけを目指していて、独創的な研究をしなくなってしまいます。2年後に成果を出せと言われると、そういう対象はいくらでもありますよ。しかしそれだけをやっていて、本当に医学の進歩に貢献しているのでしょうか。

能勢:患者の期待や要望を意識しつつ、フリーハンドで研究を進めていただけたらと思います。

中内:我々としては一日でも早く利用していただきたいと思っていますが、そんなに簡単にはいかないんですよ。挑戦は続いています。

尾白:そういう創造的な研究をしていただいていることが患者としては希望になるので、私としては応援したいです。

○治療法も、研究のアプローチも、多様性を確保する-----

尾白:患者の立場から言うと、細胞治療で治療したい人も、メカニカルに人工膵島的な治療法を望む人もいるので、いろんな研究が進んできてくれた方が、選択肢が増えていいですね。ブタは気持ち悪いという人は他の方法を選択すればいいのですから。

中内:そうですね、選択できることが大切です。ただ私が言いたいのは、「自分はブタは気持ち悪いから、ブタの研究はすべきではない。」といわれるのは困るということです。自分がどの治療を選ぶかはその人の自由ですが、自分はこれを選ぶから他の治療はやらなくていいというのは困ります。研究者も目指すところは一緒なので、情報交換もするし、協調するところは協調しています。いろんな人がいろんなアプローチで問題に迫っていくということが、大切なのだと思います。

能勢:バリエーションをちゃんと担保しておかないといけないということですね。

 

○医学の進歩のために患者ができること-----

尾白:文句ばかり言っているようですが、ここまで普通に生活できてきたのは医学の進歩のおかげだと思っています。

中内:私よりよっぽど元気そうじゃない。

白鳥:生きているうちに治るまではいかないかもしれませんが、でもやっぱり努力したいと思っています。ガイドラインで研究が進まない状況があるなら、なんとかしたいと思います。

中内:私たちは膵臓だけではなく他の臓器もやっていますから、ガイドラインが改正されれば、心不全、腎不全など他の病気の患者さんにも、貢献できると思っています。しかし、私たちがガイドライン改正を唱えても、研究者の売名行為とか、もっと議論が必要だと言われたりします。この時に一番有効なのは患者さんも声です。もちろん遺伝病などもあるので患者さんが表だって行動したくないというのはわかります。幸い1型糖尿病は遺伝性に関係がなく、社会的に活躍している方もたくさんいます。もし患者さんがこういう研究が本当に重要だと思うなら、そういう声をメディアの人に届けていただけると。もちろん患者さんの中にも動物のキメラをつくるとか動物でつくった臓器は使いたくないと言われる方もいると思うし、それはそれでいいのです。しかし自分は動物でつくった臓器でもいいと思う方は、声をあげていただけると、文部科学省も動いてくれるのではないかと思います。医療用のニーズと社会とのコンセンサスのバランスが必要ですが、医療用のニーズは非常にあっても、日本では社会のコンセンサスを取るのが大変難しいのです。このバランスを考える上で、患者さんの力は重要です。やって欲しいという要望が社会に届かなければ、やらない方が安全というのは確かですからね。

○ガイドラインの存在が思わぬ事態を招くことも-----

能勢:ガイドラインが改正されてOKが出ればすぐに走りだせる状況なのですか?

中内:そうです。日本でできないとなれば、外国でやるという方法もあり、それも考えています。

能勢:国外でやると特許は持って行かれるのですか。

中内:基本的な特許は取れています。しかし実際にヒトの細胞でできた場合、それを量産するにあたっては新たに細かな特許が出てくると思います。ですから、あまりもたもたしていると、中国などあまり規制のない国がどんどんやってしまう可能性もあるのです。

能勢:規制のない国でどんどん研究がやられて抜かされる可能性はありますか?

中内:もうやっている可能性はあります。私たちはかなりな勢いで走ってきたので、2,3年の余裕はあると思っていますが、ブタの仕事は公表しているので、やろうと思えばすぐにできます。患者さんにとっては、中国で膵臓が作られれば、それでいいと思いますか?

能勢:いや、やっぱり、できれば国産の方がいいです。

中内:もちろん私たちは日本でやりたいのですが、基本的な特許が全部抑えられると、患者さんは結局高いお金を払って外国で治療を受けることになってしまいますからね。

 

○患者から研究者へ情報提供のお願い-----

尾白:患者は自分の病気の治療法の研究がどこまで進んでいるかを知るのは難しいです。研究者同士の中ではあたりまえのことも、患者はこうやって訪問しないと分かりません。笑われるかもしれませんが、研究がここまで進んでいるというお話を聞くと、私はコントロールが良くなります。希望のない後ろ向きのコントロールから、『近い将来、治る』から頑張ろうという前向きのコントロールになるからだと思います。ですから、研究者の方もどんどん発信していただきたいです。

中内:そうですね。「キメラ」というとそれだけで皆さん怪物を想像して、それ以上話を聞いてくれません。そこから正しく研究を伝えていかなくてはなりません。私もあちこちに行って話をしますが限界があります。また研究者の私が話すと難しくなってしまって、受けが良くないということもあります。最近、サイエンティフィック・コミュニケーターという新しい職種ができました。アメリカやイギリスにはすでにたくさんいて、最先端の研究を分かりやすく一般の人に話すことが仕事です。私の研究室からも、何人か出てきています。

尾白:次回は是非、サイエンティフィック・コミュニケーターの方のお話も伺いたいですね。

○研究室訪問に伺って-----

白鳥:先生の動物の体内で臓器をつくる研究が社会に知られるだけでも違うと思います。今回は、せっかく私たちが研究の現場を訪問し、研究者のみなさんとお話しする機会を持てたので、他の患者に話をして研究への理解を広めたいと思います。

尾白:前回の訪問は3人でしたが、声をかけてみると参加したいという声がたくさんありました。こういう機会を通して研究に対する理解が深まっていけばいいのかと思います。

白鳥:私たちは研究の成果が出たものしか知りませんでした。研究室にいらした研究員の方が「実験は失敗ばかりですよ。」とおっしゃられたのを伺って、皆さんの失敗の積み重ねがあって今の結果が出てきていることが実感できました。結果だけ見ていると分かりませんね。

 

予定していた時間を大幅に過ぎたにもかかわらず、お忙しい時間に快くお話していただいた研究室の皆さまに感謝いたします。『治る病気』になる日を待つ患者から、『治る病気』にする患者へ、一歩でも進みたいと思った研究室訪問でした。