3.研究者が患者に研究を語る-ブタの体内でヒトの膵臓をつくるための準備   中内啓光 教授

 

※ 本項目で使用しました図表は、中内教授、山口助教よりご提供いただいたものを編集しています。

 

ここまでの実験から、マウスとラットという異なる種においては膵臓をつくることができました。この科学的原理を応用すれば、ブタの中にヒトの膵臓をつくることも可能であると考えられます。

 

 

しかし疑問に思うことは、

1.膵臓のないブタをつくって、多数得ることはできるか。  つくったとしても膵臓のないブタが死んでしまうと、たくさんの膵臓をつくることはできるのか。

2.臓器をつくる原理は、小動物ではうまくいっても大動物ではうまくいくであろうか。

 

そこでブタの体内でヒトと同じサイズの膵臓をつくれるかを試そうと実験を始めました。

Step4 膵臓のないブタをつくる

膵臓のないブタをつくるため、いくつかの方法を試みました。今回上手くいったのは、核移植という方法です。

 

右図はMatsunari et al, Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Mar 19;110(12):4557-62.に発表された図をもとに編集者が翻訳しました。この図を使ってご説明します。

 

膵臓をつくることのできない遺伝子を組み込んだブタは、生後すぐに死んでしまいます。それではこの後の実験を進めることができないので、生まれてすぐの新生仔に膵臓がないことを確認した後(A1)皮膚の細胞をたくさん取ります。この細胞はシャーレの上で培養して増やすことができます。

 

次にこの細胞の核を、別のブタの未受精卵の核と入れ替えます(A2)。するとこの未受精卵は、受精卵と同じように分裂をして、胚(A3)になります。この場合遺伝子は、膵臓をつくることのできないブタのものと同じなので、膵臓をつくることのできないブタの胚盤胞ができることになります。このように核を入れ替える方法を、核移植、体細胞クローニングと呼んでいます。

 

では、この膵臓を作ることのできないブタの胚盤胞に、健康なブタの胚をばらばらにした細胞を入れると、キメラが生まれるのでしょうか。キメラができることを確かめるために、全身がオレンジ色の蛍光を発するようになる遺伝子を入れた健康なブタの胚の細胞(B4)を、膵臓をつくることのできないブタの胚(A4)にいれてみました。その結果、膵臓のないブタの中にオレンジ色の蛍光を発するブタの膵臓(C2)をつくることができました。

 

つまり、大動物のブタにおいても、マウスと同じ原理で膵臓をつくることができたのです。また驚いたことに、このキメラブタは正常に生まれ、正常なブタと同じように発育して成体になり、そして交配することもできました(キメラブタの精子C3)。またこのキメラブタ(C2)は血糖値も正常で、この膵臓は膵島移植にも使うことができると考えられます。

 

Step5 ヒトの膵臓をブタでつくることはできるのか

膵臓のないブタを多数得ることはできました。次はヒトのiPS細胞をブタの胚盤胞に入れて、ヒトの膵臓ができるかどうかを見れば良いわけです。これが成功すればドナーがいなくて膵島移植のできない患者さんに、膵島を提供することができます。では、なぜやらないのか、ということで現在抱えている問題についてお話ししましょう。

 

克服しなければならない課題は、1.科学的な課題、2.規制の問題の2つがあります。

 

1. 科学的な課題について

キメラをつくることができるヒトのiPS細胞が、完成していないということです。卵は受精というスイッチが入ると、様々な組織の細胞へと分化していきます。一方、iPS細胞は皮膚など分化の終わった体細胞に数個の遺伝子を導入して、分化する前の状態に戻しています。しかし最近の研究から、マウスとラット以外の大動物のiPS細胞では一段階分化が進んでいて、分化が始まっていない状態の細胞の特徴、つまりキメラを作る能力を失っていることがわかりました。Step4の実験でブタのiPS細胞を使わないのは、ブタのiPS細胞はマウスやラットと違い分化が進んでおり、キメラをつくることができないからです。つまり今あるヒトのiPS細胞を使っても、マウスとラットのように膵臓をつくる実験は、うまくいかないことが予想されるのです。ですから、キメラをつくれる本当の意味での未分化なiPS細胞をつくることが必要です。現在、世界中の最先端の研究室で未分化なiPS細胞をつくる努力をしています。比較的近い将来、これはできるであろうと私は考えています。

 

2. 規制の問題について

もう一つの問題は、日本独自のガイドラインによって研究が進められないという状況です。文部科学省は、ヒトES細胞を使用するにあたり生命倫理上の観点から遵守すべき基本的な事項を「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」で定めています。このガイドラインでは、ヒトのiPS細胞を動物の胚に注入することはできますが、その胚を動物の子宮に戻すことは禁じられています(第6条)。つまりブタの体内でヒトの膵臓をつくるという研究は、このガイドラインがあるために先に進むことができません。ガイドラインを見直すように言っていますが、政府はなかなか動いてくれません。残念ながら、このガイドラインにひっかかり、研究は2年前から前に進めることができないでいます。