2.研究者が患者に研究を語る-マウスの体内にラットの膵臓をつくる   山口智之 助教

    ※ 本項目で使用しました図表は、山口助教よりご提供いただいたものを編集しています。

 

この研究の目標は、大動物(ブタ)の体内でヒトの臓器(今回の話では膵臓)をつくることです。いきなり大きな動物でつくることは難しいので、基本的なことを確認するために、まずはマウス、ラットなどの小動物を使って実験を行いました。

 

この技術が確立し、安全性が確かめられ、人に応用できるようになったときには、①糖尿病の患者さんの皮膚または血液の細胞からiPS細胞を作成する。②膵臓ができないブタの卵(胚盤胞)の中に、患者さんのiPS細胞を注入してブタの体内にヒトの膵臓をつくる。③この膵臓から膵島を分離して、患者さんに移植する。という手順になります。この治療の基本となるコンセプトは、現在までにラットとマウスで完成しています。つまり、マウスの体内にラットの膵臓をつくることまではすでに成功しているのです。

この研究の大きな特徴は、「キメラ」を使うことです。ギリシャ神話に、ライオンの頭とヤギの胴体と毒蛇の尻尾をもつ「キマイラ」という空想の生き物が登場しますが、この「キマイラ」が「キメラ」の語源です。私たち動物はふつう、皮膚も血液も臓器もすべて同じ遺伝情報をもっていますが、「キメラ」には、異なった遺伝情報をもつ細胞が同時に存在しています。

 

少し分かりにくいので具体的にお話しします。まず、白いマウスの受精卵を用意します。この受精卵はやがて分割を始め、胚盤胞(はいばんほう)という状態になります。次に、この白いマウスの胚盤胞の中に、黒いマウスのES細胞を注入してマウスの子宮に戻します。すると、その胚盤胞の中で、黒と白のマウスの細胞が一緒に分裂していき、マウスの胎仔が生まれます。これが「キメラマウス」です。通常の交配によって生まれたマウスは細胞の遺伝子は全て同じですが、この「キメラマウス」では白いマウスの遺伝子をもった細胞と、黒いマウスの遺伝子をもった細胞が存在しています。この「キメラ」をつくる方法を応用して、「マウスの体内にラットの膵臓をつくる」研究を行いました。

 

研究の方法を、3つのステップに分けて説明します。

 

Step1 膵臓をつくることのできないマウスの胚盤胞に、健康なマウスのiPS細胞を入れると、膵臓を持ったマウスが誕生するか?

まず膵臓をつくることができないマウスの胚盤胞の中に、健康なマウスのiPS細胞を入れて膵臓ができるかを調べました。ここでは、膵臓のできないマウスと健康なマウスの細胞を区別するために、健康なマウスの細胞が光るように緑色の蛍光色素をつけておきます。

 

この実験を行ったところ、生まれたマウス(キメラマウス)には、膵臓ができており、その膵臓は健康なマウスの細胞由来であることを示す緑色の蛍光を発しました。この結果から、キメラをつくるという方法で、膵臓のないマウスに膵臓をつくることができることが分かりました。

 

次にこの膵臓がきちんと機能しているかを調べました。糖負荷検査をして血糖値の推移をみたところ、薬で糖尿病を起こさせた糖尿病モデルマウス(紫)では、糖負荷をすると血糖値が上昇したままであるのに対し、膵臓が新しくできたキメラマウス(緑、オレンジ)では、正常マウスと同様に血糖値が低く保たれていました。つまりこの膵臓は、機能的にも正常であるといえます。

 

さらに新しくできた膵臓から膵島を分離して、糖尿病モデルマウスに移植してみました。移植しない糖尿病モデルマウス(紫)は血糖が高いままですが、膵島を移植したネズミ(緑)は血糖値が正常に低く保たれました。このことから移植した膵島も、正常に機能することが分かりました。

 

この実験は小動物で行った場合なので大動物でそのまま上手くいくかは分かりませんが、膵臓をつくることのできない大動物(ブタ)の胚盤胞にヒトのiPS細胞を入れれば、ヒトの膵臓ができる可能性があることが分かりました。

Step2 種の異なる動物でキメラはできるのか? マウスとラットの場合

もう一度、最終目標を思い出してください。最終的にはヒトの膵臓をブタの体内でつくりたいので、ブタとヒトという種の異なる動物の間で、キメラが作成できなくてはなりません。異種間でキメラをつくることにこれまで成功していないので、私たちの研究室ではこのことにチャレンジしました。

 

そこでまず、似ているようで実は全く種の異なる、「ラット」と「マウス」でキメラができるかを試しました。ラットの胚盤胞にマウスのiPS細胞、マウスの胚盤胞にラットのiPS細胞を入れたところ、どちらの場合もキメラをつくることが分かりました。このことから、種が異なっていてもキメラをつくることができることが分かりました。下に示した写真をご覧ください。

   右の図の左側から

    ○ ラットのiPS細胞をマウスの胚盤胞に入れて生まれたキメラ

    ○ マウスのiPS細胞をラットの胚盤胞に入れて生まれたキメラ

    ○ 野生型のラット

    ○ 野生型のマウス

Step3 種の異なる動物を使って、膵臓を再生することはできるか?膵臓のないマウスにラットの膵臓をつくる 

 

この実験はStep1と同じ方法です。違っているのは、注入するiPS細胞が、同種のマウスではなく、種の異なるラットのiPS細胞ということです。

 

この実験によりできた膵臓を確かめてみたところ、新しくできた膵臓は、マウス由来のものではなく、全てラット由来のものでした。

糖負荷試験でも、健康なマウスと同じように血糖が維持できることが確かめられました(緑、オレンジ)。

 

これらの実験から、ブタの体内でヒトの膵臓をつくることができる可能性が確かめられました。