1. 患者が研究者に自分たちの病気を語る       MYSTER-JAPAN 代表 能勢謙介

患者の感じる“IDDM”とは?~ある1型糖尿病患者の視点~

 

研究室訪問に先立ち、「患者の感じる“IDDM”とは?」のテーマでお話をさせていただきます。これは、能勢一個人の視点からではありますが、本企画の趣旨として、よりリアルに研究者の皆さんに1型糖尿病患者の実態を理解・把握していただき、その上でこの研究について解説をしていただけたら、と考えたからです。

 

そもそも1型糖尿病とは、どんな疾患でしょう?実態としては「インスリンが突然出なくなる疾患」です。それ以外には、自己免疫疾患、膵島が激減・廃絶する疾患、小児糖尿病、若年性、劇症型、患者数が少ない…などの特徴が挙げられますが、我々の「実感」を一言で表すと、「注射をしなければ1週間で死んでしまう疾患」となるでしょうか。元気そうではありますが、そうした「危うい状態」を切れ目なく繋ぐことで、我々はやっと毎日を生きているのです。

さて、次に1型糖尿病の「生き難さ」について。精神医学の分野には、「精神疾患の発症のし易さ」について「脆弱性(ぜいじゃくせい)仮説」という考え方があります。この図(図表1)の赤い線の左側を健康な状態、右側を不健康な状態とすると、ストレスが強くなると同じ人でもより不健康な状態になる…と考える訳です。この考え方を1型糖尿病に当てはめてみると、1型糖尿病という強いストレスが加わる、すなわちストレスのレベルが上がると、健康な状態から不健康な状態になる人が増えてしまいます。しかし、ここに「医療」が加わると、ストレスに対する耐性が備わるので、赤い線全体が右側にシフトし、青い線で表わされることになります。つまり、優れた医療とは、全体の底上げをしてくれるのではないでしょうか。そして、我々はいま正にこの部分に期待をしているのです。

 

また、「何故自分が?」という“アイデンティティの問題”と、「自分の身体は、もう自前では生きながらえない」という“理不尽の問題”も、非常に切実です。「発症それ自体に意味や答えはない」が答えなのですが、だからこそよりいっそう苦しく、悩むことになってしまいます。また、「健康だった頃の自分」に対する憧憬・執着も簡単には抑えられません。これらの自問は、回避や保留が本当に難しいのです。

 

それでは、血糖コントロールの実態とはどんなものでしょうか?1型糖尿病はインスリンが出なくなる訳ですから、その分を注射で補ってやればいい…というのが基本です。しかし、実際にやってみるとそれほどうまくはいきません。単に「決められた通り規則正しく注射」をするのではなく、非常にダイナミックなインスリンのコントロールが必要となるのです(図表2)。

そして、厳密に血糖をコントロールしようとすればするほど、「外したとき」の精神的ショックも大きくなってしまいます。これが、1型糖尿病になった方が精神的・心理的に崩れやすい一因でもあるのです。ただ、遺伝子組み換えインスリン、すなわち超速効型インスリンと持効型インスリンが登場してからは、血糖コントロールは従来よりも格段に容易となりました。我々にとっては正に「福音」といえます。

 

また、1型糖尿病を語る上で外せないのが、「患者会」です。患者会は、目の前にいる「実例」から日常生活で役立つ考え方やノウハウを獲得したり、「他者」の存在を実感することで、自らの立ち位置を相対化したり、あるいは「悩みながら生きていてもいいんだ!」との安心感が得られるなど、さまざまな効用を挙げることができるでしょう。しかしその一方で限界も存在します。残念ながら、誰でもが「参加しただけで問題解決する」訳ではありません。もともと自己コントロール能力のある人や、ヤル気のある人に、「自らのポテンシャル」に気付いてもらえる「だけ」なのです。

 

では、1型糖尿病医療が目指すべきゴールとは何でしょう?それは、「天災」を「人災」にしないこと、最短期間で社会復帰できるよう支援すること、最新医療が安価に提供される医療制度を整備すること、そして最後に、血糖変動を気にしなくてよい毎日がくるよう、そのための活動や取り組みをサポートすることです。

 

ここで、医療研究者の皆さんには、次のようなことをお願いしたいと思います。それは、できる限り早く「具体的・現実的に利用できる手段」を患者に提供して欲しいということ、そして「いま目の前にいる患者が求めているもの・必要としているものは何か?」を常に意識していただきたい、ということです。そうした声を、どうか心の片隅に置いておいていただければと思います。

最後に、これからも1型糖尿病患者が、よりよいQOLを手に入れ、よりよい人生を送るために、我々が必要とするご支援・ご協力を賜りますよう、どうぞよろしくお願い致します。