2.研究者が患者に研究を語る

iPS細胞に関する技術は、再生医療の分野で急速に進んでいます。このiPS細胞を使って初めての臨床試験が「加齢黄斑変性」という目の疾患で始まろうとしています。患者さんの皮膚の細胞からつくったiPS細胞を治療に必要な目の細胞に分化させてシートをつくり、網膜の下に移植しようとしています。再生医療のトップバッターとして、この疾患が選ばれたのにはいくつかの理由があります。まず必要な細胞数が1万個くらいと少量ですむということです。また目に移植するため、仮にこの細胞が何かに変化してもその変化を比較的見つけやすいということがあります。この臨床試験では、iPS細胞による治療の安全性を確認するということが大きな目的です。

2-1.iPSからインスリン産生細胞をつくる試み

1型糖尿病の場合、膵島移植が有効であることは分かっていますが、ドナーが圧倒的に不足していて実際の治療としてはあまり期待できないのが現状です。また移植に必要な細胞の数も目の場合と比べると1万倍から10万倍の細胞が必要となり、ハードルの高い再生医療といえます。

世界的にES細胞やiPS細胞からインスリン産生細胞をつくろうという試みは多く行われています。2、3年前の論文で、ES細胞やiPS細胞にサイトカイン(細胞の分化や増殖を制御するタンパク質)数種類を、段階的に種類を変えて加えていくと、最終的にインスリンを産生する細胞が少量できたという報告があります。これは膵臓の発生過程をできるだけ模倣して、培養皿の上で順次分化誘導を行ったものです。ただこうした論文では、膵島ができているわけではなく、また治療に有効な細胞を大量につくれるかどうかもわかりません。

 

2-2.マウス胎児の膵臓組織から膵島をつくることに成功

私たちの研究室では、主にマウスの肝臓の発生を研究していましたが、肝臓と膵臓は発生学的には近い関係にあったので、数年前に膵臓発生の研究も始めました。

マウスは20日ネズミといわれるように20日で生まれますが、胎生18日(受精して18日め)になると膵島様構造が見えてきます。16日目にはインスリン産生細胞が存在しますが、きちんとした膵島構造は完成していません。マウスの胎児から膵臓の組織を取り出して、バラバラにして培養すると細胞が培養皿に生えてきますが、12日目くらいになるとその中に細胞の塊ができてきました。私たちはこの塊は膵島ではないかと考えて免疫染色で調べてみたところ、インスリン産生細胞の周りにグルカゴン産生細胞が集まるという、マウスの膵島に特徴的な構造を確認することができました。この培養を膵島形成培養と呼ぶことにします。

 

次に膵島として機能するかを確かめるために、糖尿病モデルマウスの腎臓の皮膜下に埋め込みました。すると、培養する前の細胞(青線)を移植した場合には血糖値は上がってしまいますが、膵島様構造を形成した培養後の細胞(赤線)を埋め込むと血糖値が下がり始めました。つまり培養後にできた膵島様構造はインスリン産生細胞として機能していることがわかりました。

 

この膵島を移植して3か月経過したマウスの腎臓を見てみると、インスリン産生細胞とグルカゴン産生細胞が腎臓の周りに残っていることが確認できました。このことから、培養することによって膵島様構造がつくれるということが明らかになりました。そこで私たちはこの培養法を使って、ES細胞やiPS細胞から膵島ができるのではないかと考えました。

 

2-3.マウスiPSからも膵島をつくることに成功

そこで先程の論文の方法に従ってマウスのiPS細胞に、サイトカインを加えて、膵内分泌系前駆細胞に分化誘導しました。その細胞を膵島形成培養に移し替えて培養しました。すると、胎児期の膵臓細胞の培養と同じような細胞の塊が出てきました。染色してみると、インスリン産生細胞の周りにグルカゴン産生細胞があり、膵島様構造ができていることでわかりました。

 

膵島の重要な機能は、血糖値(グルコース濃度)に反応してインスリンを分泌するというグルコース応答性です。この機能を確かめる為に培地にグルコースを加えたところ、高濃度のグルコースをにより分泌されるインスリンの量が増えましたので、グルコース応答性があることが確認できました。

次に、iPSから分化誘導した細胞を糖尿病モデルマウスの腎臓の皮膜下に移植してみると、血糖値がすぐに下がり、インスリンを分泌していることが確認できました。

 

2-4.ヒトiPSからも膵島をつくることに成功

 この培養系をヒトにも使えるのではないかと、ヒトiPSから膵島をつくる研究を始めました。すでに報告されている方法に従って4つのステージ毎に数種のサイトカインを加え分化誘導し、ステージ4で膵内分泌前駆細胞にした後、5番目のステージとして膵島形成培養に移して培養します。最初はあまり効率が良くなかったので、低分子化合物を加えたり、細胞を播く密度を変えたりして培養系をいろいろと変えてみたところ、膵島様の細胞塊がたくさんできるようになりました。この塊を染色してみたところ、ヒトの膵島で特徴的な構造(インスリン産生細胞とグルカゴン産生細胞が混在している)ものができていることが分かり、グルコース応答性も確認できました。

 

次は移植です。スキッドマウスという免疫不全マウス(免疫系がほとんどないので、ヒトの細胞を移植しても生着します)を糖尿病状態にして、腎臓の皮膜下にこの膵島様構造を移植しました。

移植して血糖値を測ると、血糖値は下がり低い状態が維持されました。現在、どれくらいの期間維持されるのかなど詳しく検討しているところです。

 

⇒ 3.臨床応用に向けての協力体制